子育て

『科学的根拠で子育て』書評:エビデンスが導く最適な子育て法と非認知能力の育て方

教育経済学・心理学の最新研究から見えた「子どもの未来を変える投資」のかたちとは?


近年、子育てに関する情報は巷に溢れかえっている。インターネットやSNSを開けば、育児の経験談や独自のメソッドが次々と目に飛び込んでくる。しかし、そうした情報の中には、個人の経験や勘に基づくものが多く、本当に効果があるのか疑問に感じることも少なくない。そんな現代の子育てに一石を投じるのが、今回ご紹介する書籍『科学的根拠で子育て』である。

本書は、従来の育児書とは一線を画し、経済学や心理学の客観的なデータ、すなわち「科学的根拠(エビデンス)」に基づいて、効果的な子育て方法を提示している。私自身、子育てに関する情報に触れる中で、具体的なデータに裏付けされた指針の必要性を強く感じていたため、本書の内容は非常に興味深いものであった。単なるテクニック論に終始せず、子どもの将来の幸福や成功を見据えた本質的な子育てのあり方を深く考えるきっかけを与えてくれる一冊だ。

子育ては支出ではなく「将来への投資」:教育経済学が示す意外な真実

本書を読んでまず印象に残ったのは、子育てにかかる費用を「単なる金銭的な支出」ではなく、「子どもの将来を豊かにするための『投資』」と捉えるべきだという視点である。

確かに、子育てには膨大な費用がかかる。公立学校に通わせるだけでも年間144万円から167万円という数字は、多くの家庭にとって決して少なくない負担だ。さらに塾や習い事となると、その費用は跳ね上がる。これらの数字を見ると、どうしても家計への負担という側面ばかりに目が行きがちである。しかし、本書は、この金銭的な側面に加えて、親の努力や時間の投資、そして家庭や学校の環境が、子どもの成長に大きく影響するという、より本質的な視点を提供してくれる。

これはまさに、短期的な視点ではなく、長期的な視点で子育てを捉えることの重要性を示唆しているのではないだろうか。目の前の支出に一喜一憂するのではなく、それが将来の子どもの可能性を広げるための重要な先行投資であると考えることで、子育てに対するモチベーションや向き合い方も大きく変わってくるはずだ。私はこの考え方に触れ、子育てにおける費用対効果を、金銭だけでなく、子どもの成長という観点から改めて見つめ直すことができた。

学力よりも重要?非認知能力が子どもの将来を左右する理由

本書の核となるテーマの一つが、「非認知能力」の重要性である。私たちがこれまでの教育で重視してきたのは、テストの点数や偏差値といった「認知能力」であった。しかし本書は、将来の収入や幸福に影響を与えるのは、学力だけでなく、Grit(やり抜く力)、Self-control(自制心)、向学心、協調性、好奇心などといった「非認知能力」が極めて重要であると力説している。

子どもの頃や若い頃に、忍耐力に欠けると、生涯収入が13%も低くなることがわかっています。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.618]

これによれば、3〜11歳のあいだに自制心が低かった人は、32歳時点での健康面や経済面、そして安定的な生活の面で不利になっていました。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.627]

やり抜く力が強い人は、成績が良く、学歴が高く、仕事や結婚生活を継続し、定着させていることがわかっています。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.636]

というデータが示されている点である。これは、学力による影響よりも大きいとされており、いかに非認知能力が経済的成功に直結するかが明確に示されている。さらに、非認知能力が経済的成功だけでなく、将来の幸福や健康にも深く関わるという研究結果は、子育ての目標設定に大きな示唆を与えてくれる。

私たちがこれまで「お行儀が良い子」「真面目な子」と漠然と捉えていた特性が、実は子どもの将来にこれほど大きな影響を与える「能力」であったという事実は、多くの親にとって目から鱗が落ちる思いではないだろうか。特に、

やり抜く力が強い人は、成績が良く、学歴が高く、仕事や結婚生活を継続し、定着させていることがわかっています。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.636]

といった引用は、非認知能力が単なる社会的な成功だけでなく、個人が充実した人生を送る上で不可欠な要素であることを示している。

現代社会では、AIの進化により、知識を詰め込むだけの認知能力の価値は相対的に低下しつつある。そのような時代だからこそ、人間関係能力や自己管理能力といった非認知能力の重要性はますます高まっていくであろう。本書は、こうした未来を見据えた子育ての方向性を明確に指し示してくれている。

非認知能力を育む具体的な方法:スポーツ・芸術・好奇心の活用

では、具体的にどのようにして非認知能力を育んでいけば良いのだろうか。本書は、そのための具体的な方法を多岐にわたって提示している。

まず、スポーツ活動の有効性だ。私自身、子どもの習い事としてスポーツを検討する際、体力向上や協調性の育成といった側面を重視していたが、本書は

女子のスポーツ参加率の増加は、彼女らの教育年数を0・12年伸ばし、大学進学率を3ポイント上昇させ、卒業後に就労する確率を1・5ポイントも高めました。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.301~311]

と、非認知能力育成への直接的な効果をデータで示している。特に、女子学生においては、スポーツ活動が雇用や昇進、収入増に有利に働くという研究結果は、スポーツ選択の大きな後押しとなるだろう。

音楽や美術といった芸術活動もまた、非認知能力、特に「自己効力感」や「好奇心」を育むのに効果的であるとされている。

高校卒業まで継続的に音楽活動をしていた生徒は、学校の成績が良いだけでなく、勤勉性が高く、外向的で、意欲的であることがわかっています。 音楽だけではなく、美術も有効です。美術館に行って絵画を鑑賞する経験をした生徒は、他者への寛容性が高く、批判的思考力に優れていることを示したエビデンスもあります。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.714]

この記述の中には、感性を豊かにし、創造性を刺激することが、内面的な成長に繋がるという示唆が含まれている。

また、トルコで行われた「好奇心」を伸ばすプログラムの事例は非常に興味深いものであった。宇宙や動物など、子どもが純粋に興味を持てるテーマでの授業が、好奇心を高め、結果的に学力向上にも繋がったというのだ。

好奇心の向上は、学力にも影響するのでしょうか。処置群の子どもたちは対照群の子どもたちよりも平均して約0・8も理科の学力テストの偏差値が高かったことがわかっています。学力に対する効果はプログラムが終了して3年たったあとも持続していました。好奇心の向上は学力向上にもつながり、その効果が長期にわたって持続することが示されたのです。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.757~767]

という結果は、学習への苦手意識を克服する上でも、好奇心が重要な鍵となることを示唆している。

さらに、「思いやり」を育む教育や、質の高い教師の存在も強調されている。特に、

(前略) 付加価値の高い教員は、ただ単に子どもの学力を伸ばしているだけでなく、大学進学率、将来の収入、貯蓄率を高め、10代で妊娠する確率を低下させていることを明らかにしたのです。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.809]

というのは、教師の質の重要性を改めて認識させられるデータだ。単に教科知識を教えるだけでなく、子どもの内面的な成長を促すことができる教師こそが、真に価値のある存在と言えるだろう。

質の高い教師が行っていたこととして、「成長マインドセット」の育成が挙げられる。

人間の能力というのは決して生まれつきのものではなく、努力によって変えられること

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.866]

という考え方を子どもに教えることは、子どもが困難に直面した際に粘り強く努力する力を育む上で不可欠である。

その他、目標設定の支援習慣化の促進チームでの学習、そして褒め方とフィードバックについても具体的なアドバイスが満載である。特に、結果だけでなく努力の過程を褒めることの重要性や、

生徒に学力テストの結果を返すときに、ただ単に順位や点数を知らせるのではなく、前回と比べてどれだけ伸びたかを知らせることで、その後の生徒の平均的な学力が高まったことを示したエビデンスがあります。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.1694]

というフィードバックのあり方は、多くの親が実践できる、すぐに役立つ知見だと感じた。


親子の関わりと兄弟関係:幼少期の時間投資が子どもの成長を左右する

親が子どもと過ごす時間についても、本書は興味深い考察を提示している。子どもの成長段階に応じて親子の時間は変化するが、親の子への時間投資として重要なのは幼少期であるという点だ。幼少期における親の質の高い時間投資は、特に非認知能力の発達に大きな影響を与えるとされている。

親の時間投資によって獲得した3歳時点の認知能力は、7歳時点で25〜50%程度しか持続していないのに対して、非認知能力は70〜90%程度が持続していることが確認されています。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.952]

というのは、親子の関係が子どもの成長にいかに不可欠であるかを示している。限られた時間の中でいかに効果的な関わりができるか、という視点は、多忙な現代の親にとって非常に重要な示唆である。

兄弟の存在が学力や将来の収入に影響を与える可能性についても触れられている。第一子が有利な場合が多いというデータがある一方で、個性の多様性や家庭での関わり方によって結果は異なるとされている。また、一人っ子のデメリットについて中国の「1人っ子政策」に対する研究も示されており、

1人っ子政策が導入された1979年よりあとに生まれた子どものほうが、競争心が弱く、他人を信頼する気持ちに欠け、リスク回避的な傾向が強いことがわかっています。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.1208]

との引用は、特定の環境がもたらす影響を客観的に捉えることの重要性を教えてくれる。

学校選びの影響:学力に与えるデータとは

学校選択が子どもの成長に与える影響についても、本書はエビデンスに基づいて分析している。

意外だったのは、学力上位の学生と学力下位の学生が同じグループで学習した場合、個人の学力を下げる可能性があるという指摘だ。その理由として、

実験のあとに行われたアンケート調査で明らかになったのは、学力上位層は学力上位層としか交流せず、学力下位層もまた学力下位層としか交流しなかったという事実です。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.1558]

という研究結果は、一見すると直感に反するように思えるが、これは学習環境における生徒間の相互作用が、必ずしもポジティブな結果ばかりを生むわけではないことを示している。特に学力の低い子どもにとっては、上位の子どもたちとの差が大きくなることで、学習意欲の低下や自信喪失に繋がりかねないという警鐘と捉えるべきであろう。

教育政策と社会的投資:日本の未来を支える子育て支援とは

本書は、日本の教育政策にも大胆な提言を行っている。特に、教育投資はその効果が大きく、何よりも将来の収入を高める効果があるとし、教育への投資を増やすべきだと主張している点には強く共感する。将来の少子高齢化社会において、限られた人的資源を最大限に活かすためには、教育への投資は不可欠である。

幼少期教育の質の向上が重要であるという指摘も、データによって裏付けられている。

5歳のときに通っていた保育所で、「保育環境評価スケール」で計測された幼児教育の質が1点高くなると、小学2年生のときの算数の学力テストの偏差値が5・2、国語で5・5も高くなります。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2278~2285]

と述べられており、質の良い保育士の存在が将来の収入増加に貢献するというデータは、保育現場への適切な投資の必要性を明確に示している。

ただし、

園長の「基礎学力重視」の信念が強いと幼児教育の質が低く、「関心・経験重視」の信念が強いと幼児教育の質が高いということもわかりました。

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2339]

ともあり、幼児教育においても非認知能力の重要性が示唆されている。日本の教育が「詰め込み教育」に偏りがちで、非認知能力の育成が十分ではないという指摘は、多くの人が感じている現状と一致するのではないだろうか。

デジタル教育についても、その効果は使い方によると指摘されている。単に端末を導入するだけでは学力向上に繋がらないケースも示されており、

「1人1台端末」政策は子どもの学力を低下させた

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2395]

という研究結果は、テクノロジーの導入においては慎重な検討と適切な運用が不可欠であることを示唆している。重要なのは、子どもの習熟度に応じた個別指導や、教師の適切な介入だ。

PCに先生の代わりはできない

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2473]

との結論が示すように、教師の役割こそが教育の根幹であるという本書の主張は、教育の人間的な側面を重視する上で非常に説得力がある。

エビデンスとの正しい付き合い方:「科学的根拠」は万能ではない

本書を通して繰り返し強調されているのは、「エビデンス」の重要性である。しかし同時に、その限界についても明確に述べられている点が、本書の誠実さを示していると感じた。

エビデンスは合理的な判断を助ける「補助線」にすぎない

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2738]

という言葉は、エビデンスを盲信することの危険性を教えてくれる。科学的な根拠は、あくまで意思決定を助けるツールであり、全てを解決してくれる万能薬ではないのだ。

エビデンスは「絶対に覆らない決定版」ではない

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2775]

という指摘もまた、研究の進展によって新たな知見が得られる可能性を常に考慮すべきであることを示唆している。

さらに、海外のエビデンスを日本にそのまま当てはめることの難しさにも言及されている。

海外のエビデンスは日本にあてはまるとは限らない

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2829]

というのも、文化や社会背景の違いが研究結果の適用可能性に影響を与えるという、極めて重要な注意点である。

これらの指摘は、私たちが情報に触れる際に常に批判的な視点を持つことの重要性を教えてくれる。エビデンスを尊重しつつも、それが置かれた文脈や限界を理解し、個別具体的な状況に合わせて柔軟に活用していく姿勢が求められるだろう。

まとめ:データに基づいた子育てが、子どもの未来を照らす羅針盤になる

高齢化社会が進行し、生産年齢人口が減少していく日本において、子どもの教育への投資はこれまで以上に喫緊の課題となっている。

高齢化が進む社会でも、子どもの教育投資への優先順位は高い

中室 牧子. 科学的根拠(エビデンス)で子育て――教育経済学の最前線 . ダイヤモンド社. Kindle 版.[位置No.2890]

という本書の結論は、私たち一人ひとりが子育ての重要性を再認識し、社会全体でその優先順位を高めていくことの必要性を強く訴えかけている。

本書『科学的根拠で子育て』は、子育てに関する漠然とした不安を抱える多くの親にとって、具体的なデータに基づいた明確な指針を与えてくれる一冊だ。しかし、同時にエビデンスの限界を理解し、それを「補助線」として活用することの重要性も教えてくれる。

この本を読んだことで、私は子育てにおいて「何となく」ではなく、「データに基づいて」判断する意識が高まった。そして、学力だけでなく、子どもの将来の幸福に直結する非認知能力の育成に、より注力していきたいと改めて強く感じている。

現代の子育ては、かつてないほど多様な情報と選択肢に溢れている。そんな時代だからこそ、本書が提供する「科学的根拠」は、私たち親が迷いなく、そして自信を持って子育てを進めていくための強力な羅針盤となるはずだ。全てを鵜呑みにするのではなく、自身の家庭の状況や子どもの個性を踏まえながら、ぜひ本書を手に取り賢く活用していくことが、子どものより良い未来を拓く鍵となるだろう。