はじめに:迷走続きのキャリアへの焦り
30代後半を迎えた今、私は自分のキャリアについて悩みを抱えている。地方国立大学を卒業後、自動車部品製造会社で生産管理の仕事に就いたが、新規部品の立ち上げ日程調整という業務にどうしても情熱を見出せなかった。人間関係にも悩み、5年弱で退職。その後、一念発起して専門学校に入り直し、作業療法士の資格を取得した。
しかし勉学中にリハビリテーション分野への興味が薄れ、医療としてリハビリテーションを提供する病院ではなく、高齢者の日常生活を支援するデイサービスでの就職を選択。6年間働き続け、高齢者と関わる仕事に楽しさを見出せたものの、知識や技術に対する専門性に疑問を抱き、現在は同じ施設の事務職に異動している。振り返ると、一貫性のないキャリアを歩んできた自分に対する焦りと不安が日増しに大きくなっていた。
「30代後半でこんなに迷走していて大丈夫なのか」「同期たちは皆、専門性を積み上げているのに」そんな自己嫌悪の中で出会ったのが『大器晩成列伝』である。この本は、私のような紆余曲折のキャリアを歩む人間にとって、まさに救いの書となった。
職業選択の失敗は人生の失敗ではない
最初の転職で最も辛かったのは、周囲から「せっかく大学を出て良い会社に就職したのに」と言われることだった。自分でも、生産管理の仕事を好きになれない自分を情けなく思っていた。新規部品の立ち上げ日程を調整する業務は、確かに重要で責任のある仕事だったが、どうしても心が躍らなかった。人間関係の悩みも重なり、毎朝会社に行くのが苦痛になっていた。
そんな私にとって、フランスの博物学者アンリ・ファーブルの体験は大きな励みとなった。彼は教師として長年働いていたが、48歳で突然の退職勧告を受け、その後に名著『昆虫記』を完成させている。これは私の転職歴よりもはるかに厳しいものだった。
しかしファーブルは絶望するのではなく、
しかし、実りある50代を過ごすためには、もっとほかにやるべきことがあるのも確かだ。いっそ、住まいも職もリセットしてしまおうか・・。むしろ、この機会に自分がやりたい仕事へと突き進もう
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 267/2792]
と発想を転換した。この考え方に触れて、私も自分の転職を「失敗」ではなく「本当にやりたいことを見つけるための必要なステップ」として捉え直すことができた。
実際、自動車部品会社での経験があったからこそ、製造業とは全く異なる医療・介護分野に興味を持ち、専門学校への進学を決意できたのだと今では思う。
専門職への道のりで感じた挫折感
専門学校に入学した当初は、「これで人の役に立つ仕事ができる」という希望に満ちていた。しかし勉学が進むにつれて、リハビリテーション分野への興味が薄れていくのを感じた。理論は理解できるが、心から「面白い」と思えない自分に戸惑った。同級生たちが熱心に実習に取り組む姿を見て、「自分には向いていないのではないか」という不安が募った。
この体験を振り返る時、ノーベル賞受賞者である山中伸弥医師の言葉が心に響く。整形外科医として臨床現場にいた彼は、手術がうまく出来ずかなりの時間がかかってしまい、指導医だけでなく、看護師、患者からも呆れられてしまう始末であった。
「自分は外科医に向いてないみたいだ・・。」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 626/2792]
と感じていたという。しかし、この経験により彼は苦手なことに気づけ、自分が本来好きだったものに改めて気づくことが出来た。
目指した方向で絶望的にうまくいかなかったときは、自分が本来進むべき適性のある方向へ軌道修正する、絶好のチャンスです。
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 641/2792]
と本書に記載されているように、その経験をチャンスと捉え、彼は基礎医学研究という自分により適した分野へと転身したのである。
私の場合、リハビリテーションの勉強を通じて、直接的な治療よりも、高齢者の日常生活を支援することに興味があることがわかった。そのため就職先として病院ではなくデイサービスを選んだのだが、当時は「中途半端な選択」だと自分を責めていた。しかし山中医師の例を知って、自分の適性を正直に受け止めて進路を修正することの大切さを理解できた。
長く続けることの意味と限界
デイサービスでは6年間働いた。高齢者の方々との関わりは確かにやりがいがあったが、どこか心の底から満足できない自分がいた。「せっかく資格を取ったのだから続けるべき」「6年も働いたのだから今更変えられない」という思いと、「本当にこのままでいいのか」という迷いの間で揺れ動いていた。
そんな時に読んだ安藤百福の言葉が印象深かった。インスタントラーメンの発明者である彼は、戦後に全財産を失った後、47歳で新たな挑戦を始め、カップラーメンの開発に成功している。6年という期間を「長い」と感じていた自分の視野の狭さに気づいた。
「失敗するとすぐに仕事を投げ出してしまうのは泥棒に追い銭をやるのと同じだ」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 472/2792]
という彼の言葉も考えさせられた。確かに途中で諦めることは学びを放棄することになる。しかし同時に、本当に自分に合わない分野で無理を続けることが正しいのかという疑問も湧いた。
結果的に、デイサービスでの6年間は無駄ではなかった。高齢者との関わり方、チームワークの大切さ、そして何より「人を支える仕事」の本質を学ぶことができた。これらの経験が、現在の事務職でも活かされていると実感している。
事務職への異動:新たな発見
作業療法士から事務職への異動は、周囲からは「せっかくの資格を活かさないのはもったいない」と言われることが多かった。私自身も最初は「逃げ」のような気持ちが少なからずあった。しかし実際に事務職に就いてみると、これまで気づかなかった自分の適性を発見できた。
数字を扱うことの楽しさ、システムを整理することへの興味、そして何より「裏方として組織を支える」ことへの充実感。これらは自動車部品会社時代にも、作業療法士時代にも感じたことのない感情だった。
チャールズ・ブコウスキーの
「詩は金にならない。でも必要なのは形式だった。情熱的で心地のいいわがままな形式。叫びたかった」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 757/2792]
という言葉が心に響いた。介護施設への転職は自動車部品会社で働いているときより年収は下がった。しかし、私にとって介護施設での事務職は、「心地よい形」で働ける場所だったのかもしれない。
アメリカの作家である彼は、
みんなほど仕事に興味がなかった。他人にかわってしまうほど仕事が嫌いだった
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 742/2792]
と語っている。私も長い間、熱心になれず仕事が嫌いであった。彼の話を読んで、転職や異動を繰り返したことは実は「情熱的に取り組める仕事」を探し続けてきたのだと分かった。そして一見目立たない裏方の仕事である事務職こそが、情熱を注げる仕事であり、自分に合っているのかもしれないと気づいた。
年齢への不安を乗り越える
30代後半でこれほど職歴が一貫していないことに、正直不安を感じていた。同期の多くは一つの分野で専門性を積み上げ、管理職になったり、独立したりしている。「自分だけが遅れている」という焦りは常に付きまとっていた。
しかし、発明王トーマス・エジソンの67歳での発言を知って考えが変わった。
「自分はまだ67歳でしかない。明日から早速、ゼロからやり直す覚悟だ」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 1181/2792]
「いわば、36歳までは人生の準備期間である。それ以降が、現実に立ち向かう勝負の時なのである。 (中略) 80歳までは相当高いレベルの仕事をこなすことができるだろう。90歳でも決して不可能ではない」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 1197/2792]
という言葉を読んだ時、30代後半で「遅い」と考えていた自分の視野の狭さに愕然とした。
渋沢栄一の
「身体はたとい衰弱するとしても、精神が衰弱せぬようにしたい。精神を衰弱せぬようにするには学問によるほかない」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 1070/2792]
という言葉も印象深い。年齢を重ねることで失うものもあるが、経験と学習によって得られるものもある。私の場合、製造業、医療、介護、そして事務と多様な分野を経験したことで、幅広い視点を持てるようになったと感じている。
一見無関係な経験がつながる瞬間
現在の事務職は仕事の範囲が広く、これまでの経験が生かされる瞬間を味わっている。製造業生産管理で培った調整力、作業療法士として学んだ医学的な知識、デイサービスで身につけた高齢者との関わり方。これらすべてが、現在の業務で活かされている。
施設の運営管理や設備投資では製造業での経験が、現場看護師などとの医学的なやり取りでは作業療法士としての知識が、利用者本人や家族の対応ではデイサービスでの経験が、それぞれ役立っている。一見バラバラに見えた職歴が、実は一本の線でつながっていたことに気づいた時の驚きは忘れられない。
マルクスとエンゲルスの友情の物語を読んで、一人では成し遂げられないことの多さも実感した。これまでの転職の度に、多くの人に支えられてきた。自動車部品会社の上司は私の転職を理解してくれたし、専門学校の教員は就職先選びを親身に相談に乗ってくれた。デイサービスの同僚たちは、事務職への異動を応援してくれた。
人生に無駄な経験はない
安藤百福の
「人生に遅すぎるということはありません。50歳でも60歳からでも新しい出発はあります」
真山知幸『大器晩成列伝 遅咲きの人生には共通点があった!』Kindle版、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2025年、[位置No. 435/2792]
という言葉は、私の人生観を大きく変えてくれた。
これまで私は、一貫性のないキャリアを「失敗の連続」だと考えていた。しかし本書を読んで、すべての経験が現在の自分を形作る重要な要素だったと理解できた。製造業での挫折がなければ医療分野に興味を持つことはなかったし、作業療法士としての経験がなければ現在の施設事務の仕事の意味を深く理解することもできなかった。
30代後半の今、ようやく自分らしい働き方を見つけられたような気がしている。それは華々しいキャリアではないかもしれないが、これまでのすべての経験を活かせる、自分にとって「心地よい形」の仕事だ。
『大器晩成列伝』は、私のような回り道の多い人生を歩む人にとって、希望を与えてくれる一冊である。偉人たちの物語を通じて、人生に無駄な経験はなく、どんな年齢からでも新しい可能性を見つけられることを教えてくれる。キャリアに迷いを感じているすべての人に、心からお勧めしたい。